生きることの難しさ

呼吸の仕方を忘れてしまう。

 

生き方すらも。

 

そういう時はいるかどうかもわからない"誰か"と比較する。

例えば水道水を飲める環境にいる自分。

泥水を飲まないと生きていけない環境にいる人。

 

自由はなくても、ある意味"自由"ではあるから、これは幸福である。と主張する。

籠の中の鳥は、籠の中でなら自由に飛び回ってもいいし、寝てもいいし、餌を食べてもいい。

それが本当の幸福なのかと聞かれれば、前述した、"泥水を飲まないと生きていけない環境"と比較して、『恵まれた環境にある私は幸福です』と述べる。

 

実際そうである。

 

私には住む家があり、寒さに凍えずに寝られる布団があり、毎日ご飯を食べられている。

何を後悔することがあるだろうかと自分に問いかける。

 

ほら、何もないだろう?

 

 

どんなに頑張っても、自覚があっても、

精神的支配から抜け出すのは無理だ。

 

現状を変える気力もないから明日もきっと平凡に生きているだろう。