食い違い

先日、

 

『3までできたか?』と問われた。

 

何のことかわからず、私は

 

「3とは何ですか?」と聞き返した。

 

 

微かに聞こえたのは

『あっ……』という小さな動揺の声だった。

 

もう一度、

「3って何だろうか…?」と呟くように聞き返すと

あからさまに話題を逸らしたのである。

 

問い詰めもしなかったが、明らかに私ではない"誰か"が隣にいて、その人に向けた言葉だったのだろう。

その問いかけが、食事中に行われたことに私は違和感を覚える。

 

どのタイミングで私ではない"誰か"がいる状態にシフトしていたのかはわからない。

間違えた理由について、明らかに誤魔化したという事実が問題だ。

 

単純に"間違えた"ということに対しての恥じらいだったのか、説明するのに何か不都合があったのか。

今ではもうわからないが、時折不自然だと感じることはある。

 

ここ最近、1ヶ月くらいだろうか。

機嫌がいいとか、性格が変わったとかよく言われる。

 

私がではない。

 

私もそう思うのである。

 

ジュースを飲み終えたコップを流しに置いてみたり、いつもならしないこと(ここ1年はしてこなかったこと)をするようになった。

何一つ口出しはしていないので、自主的にであることは間違いない。

 

人格が変わったのか、何か心境の変わるような出来事があったのか。

 

 

家から滅多に出ない私には

何があったのか全くわからないが

 

"何かがあった"ことには間違いなさそうだ。

 

17歩先の食物庫 〜9036〜

 

以前その板には、文字が書かれてあった

 

 

『全部、見えています』

 

 

別の日には

『お金以外のものを入れないでください』

 

また別の日には

『みかんの試食をどうぞ』

その横にはカゴに入れられた十数個のみかんがあった。

 

 

ある日、文字がなくなった。

 

 

代わりに複数枚の硬貨が貼られていた。


それらは1円玉や10円玉で、お金ですらないものまであった。

 

たった一枚の硬貨が何十枚と、日に日に増えていった。

 

とうとう貼る隙間もなくなった。

 

 

しばらくして、木の板はなくなった。

 

 

けれどそこには、新しい木の板があった。

以前と同じ、いや少し違う。

 

『全部、見えています』

 

その文字の意味に、一体誰が気付くのでしょうか。

 

言葉の捉え方は、人それぞれ違うようです。